特定の酸化型Cysを見分ける抗体の成功事例

DJ-121 kDaのタンパク質で、この106位のCys残基(C106)が酸化されたDJ-1のみを認識する抗体を作製した成功事例をご紹介します。

酸化型C106のみを認識する抗体は、ウサギへの免疫によるポリクローナル抗体やマウスへの免疫によるモノクローナル抗体の作製方法で取得を試みていますが、いずれも希望する抗体が得られませんでした。ここでは、動物免疫を介さない、すべてin vitroでセレクションを行う抗体の作製方法と、得られた抗体の特異性について検証した結果をご紹介します。

1.DJ-1とは

DJ-1は、通常2量体を形成しており、生理機能として抗酸化ストレス機能、転写調節機能、シャペロン機能、ミトコンドリア複合体I制御機能、プロテアーゼ活性など多様に報告されており、機能が異常に亢進すると癌に、逆に機能の欠失や低下はパーキンソン病だけでなく脳卒中、男性不妊、家族性アミロイドポリニューロパチーなどの酸化ストレス関連疾患が引き起こされることがわかっています。

DJ-1には3つのCys残基があり、このCys残基が酸化されて活性酸素を吸収・除去することで抗酸化ストレス能を発揮します。3つのCys残基のうち、106位のCys残基(C106)が最も酸化ストレスに対して感受性が高いことがわかっています。そのため、C106が酸化されているDJ-1を見分ける抗体を作製することにしました。

2.戦略的スクリーニング

2-1.抗原の設計

酸化型C106のみを認識する抗体を取得するために、抗原は、酸化型C106を含む周辺配列をベースに合成されたペプチドを用い、組み合わせの異なるキャリアタンパク質とクロスリンカーで、コンジュゲートを作製しました。また、陰性対照として同じペプチド配列ながら還元型C106を持つペプチドを合成し、同様にキャリアタンパク質とカップリングさせ、コンジュゲートを作製しました。

  • 酸化型C106ペプチドのN末端:BSA(ウシ血清アルブミン)+ DJ-1ペプチド
  • 酸化型C106ペプチドのN末端:Trf(ヒトトランスフェリン)+DJ-1ペプチド
  • 還元型C106ペプチドのN末端:Trf(ヒトトランスフェリン)+DJ-1ペプチド

2-2.パニングとELISAスクリーニング

パニングは、まず約450億パターンからなる抗体ライブラリから、反応液中にフリーで存在する還元型C106ペプチドに結合したファージを洗浄・除去し、キャリアタンパク質を介して固定された酸化型C106ペプチドに選択的に結合したファージのみを回収しました。

パニングは、抗原への結合反応を3ラウンド行い、1ラウンド目はTrf+ペプチドコンジュゲートを抗原とし、2ラウンド目はBSA+ペプチドコンジュゲートに抗原を変え、3ラウンドは1ラウンドと同じ抗原でパニングを繰り返しました。

組み合わせの異なるコンジュゲートを交互に抗原としてセレクションすることで、キャリアタンパク質には反応しないファージが回収できます。

パニングで回収されたファージのプールから抗体配列部分のみを大腸菌の発現ベクターへサブクローニングして、抗体を大腸菌で発現させました。その大腸菌のライセートを用いて、抗原である酸化型C106ペプチドと、陰性対照である還元型C106ペプチドに対し、それぞれスクリーニングELISAを行いました。

その結果、酸化型C106ペプチドには陽性、還元型C106ペプチドには陰性を示すクローンを見出すことができました。

2-3.ELISAによる交差性確認

上記スクリーニングELISAで見出された抗体を発現する大腸菌クローンから、精製した抗体を用いて、異なるキャリアタンパク質(BSATrf)でそれぞれ作製したコンジュゲートに対し、改めてELISAを行った結果、酸化型C106ペプチド(DJ-1 peptide-BSADJ-1 peptide-Trf)に対しては陽性、還元型C106ペプチド(DJ-2 peptide-Trf)には陰性を示し、目的としていた、酸化型C106ペプチドのみを認識する抗体が取得できたことを確認しました。

Ooe et al. (2006) Neurosci Lett., 404:166-9.
https://doi.org/10.1016/j.neulet.2006.05.031

3.ウェスタンブロッティングと免疫沈降

抗酸化DJ-1抗体AbyD03055の特異性を調べるため、DJ-1のシステインをセリンまたはアラニンなどに置換した様々なFLAGタグ付き変異体を作製し、各々をヒト293T細胞にトランスフェクトし、H2O21時間処理しました。その後、細胞内のタンパク質を抗FLAG抗体(M2、シグマ)で免疫沈降させ、AbyD03055抗体と抗FLAG抗体を用いたウエスタンブロットで解析しました。H2O2で処理しない場合、野生型、C46SC53ADJ-1AbyD03055に弱く認識されました。いっぽう、H2O2で処理をした野生型、C46SC53AC46/C53ADJ-1AbyD03055に強く認識され、C106SC46S/C106SC53A/C106SC46S/C53A/C106SDJ-1AbyD03055と反応しなかったことから、AbyD03055C106が酸化されたDJ-1を特異的に認識していることを確認しました。
図中のHCLCF-DJ-1は,それぞれ重鎖,軽鎖,FLAG-DJ-1を示しています。

Ooe et al. (2006) Neurosci Lett., 404:166-9.
https://doi.org/10.1016/j.neulet.2006.05.031

また、等電点電気泳動後に抗DJ-1抗体でウェスタンブロットをすると、翻訳後修飾の状態の違いに起因したと考えられる複数のバンドが検出されますが、AbyD03055はそのうちの酸化型のみを検出していると考えられます(下A)。さらに、細胞からDJ-1を免疫沈降する際、H2O2処理後の細胞からは、AbyD03055により酸化型DJ-1と考えられるバンドを検出することが出来ました(下B)。

本データは、北大・有賀寛芳先生のご厚意により供与いただきました。

4.まとめ

今回のように、特定の部位のCysで、さらに、酸化型(SO3H)と還元型(SH)というわずかな違いを見分ける抗体を作製する場合には、ペプチド抗原を用いて戦略的にセレクションを行うことが大切になります。設計した抗原をダイレクトに認識する抗体が得られることが、動物免疫を用いない in vitro でセレクションの大きなメリットになります。

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Koutai Shokunin
抗体職人